Nerds N' Computers

ソフトウェア技術や思ったことについて書きます.

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カーネギーメロン大学での1年目を振り返る

カーネギーメロン大学(以下CMU) Robotics Insituteにて修士学生として留学を始めてから約1年が経った。 パンデミックの最中で、授業・研究が全てオンラインになったりと中々荒々しいスタートだったけど、人生において最も大きな学びのあった1年だった。 この記事では、記憶が新鮮なうちに授業・研究に関してこの1年間の個人的な感想をまとめたいと思う。 ついでに、米国大学院留学(特にコンピュータサイエンス)を検討している方向けに、僕の所属するプログラムについても簡単に説明したい。

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ピッツバーグの有名建築である落水荘(Falling Water)

所属するプログラムについて

僕は現在、Master of Science in Robotics (以下MSR)という2年間の修士課程に所属している。 米国では一般的に修士プログラムではコースワークのみしか提供しない場合が多いが、MSRは研究(修論発表)とコースワークの両方を要件とするプログラムになっている。 立て付けとしては日本の一般的な修士過程に近い。そのため、僕のいる学科では博士課程で直接学生を多く取るということはせず、修士課程修了後に博士課程に内部進学するということが一般的になっている。 これは、米国の研究ベースの大学院プログラムでは修士課程を設けていない場合が多いという点でユニークだと思う。

修士課程から博士課程に内部進学する際には、内部での競争*1を勝ち抜く必要がある。 ただ実際は、博士課程への進学希望者は内部進学ができなかった場合でもトップ大学の博士課程に進学できている場合が多い。他にも、卒業後に企業に直接就職するという学生も一定数(正確な数字は分からないが20~30%くらい)いる。 米国での博士課程は5~7年程度の期間がかかるのが一般的ではあるが、学部卒業後にこの決断をするのはやはり少し難易度が高い。 2年間の研究ベースの修士過程を最初に経験することは、自身が研究にどれくらい興味や適性があるかを知るための良い試金石となるので、個人的には米国にもっとこういった研究ベースの修士プログラムが増えると嬉しいと思っている。

次に、多くの方が気になるであろう、修士課程での費用について少し説明したい。一般的に、米国の修士課程はコースワークのみを前提としている場合が多いため、授業料および生活費を基本的には自腹で払う必要がある。 CMUは米国でも授業料がダントツで高いことで有名で、年間5万ドル(約600万円)程度の費用がかかる。これに生活費を含めると年間8~9万ドル(約900~1000万円)になる。 しかし、MSRは研究ベースの修士プログラムということもあり、企業や他の研究機関との共同研究によるファンディングを通して、授業料のサポートを受けている学生が多い(指導教員によっては生活費のサポートがある場合もある)。 僕の場合は、幸いにも指導教官および吉田育英会から授業料および生活費(約$3,000, 33万円/月)の支援をいただくことができている。 日本にいた頃は授業料や生活費を自分で払っていたこともあり、仕事と研究の兼ね合いが非常に難しかった。その点で、留学後の1年間は非常に恵まれた環境で研究に取り組むことができたように思う。

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手が小さいのかピザが大きいのか

授業

この1年で4つの授業を受講した。 日本の感覚からすると非常に少ないように感じるかもしれない。しかし、全ての授業が週5~10h程度かかる課題を2週間ごとに課すというスタイルだったので、日本の大学院で倍の数の授業を受けるのと同等程度の負担だった。 研究と並行して授業をこなすのは大変だったけれども、クラスを通して出来た友人と一緒に悩みながら(時に文句を言いながら)課題に取り組めたので気持ち的には非常に楽しめた。 肝心の授業に関しては、流石のCMUクオリティであり、どれも素晴らしいものが多かった。特に課題に関してはかなりよく練られており、研究の基礎力をつけるという意味で非常に役立つものが多かった。 また、教員および学生の授業に対するモチベーションも高く、授業中の質問やディスカッションを通して、授業内容に関してより深い理解を得ることができたように思う。 他にも最新のトピックをしっかりと扱っていたのも良かった。日本の大学院にいた際はスライドの更新が5~6年前で止まっているという授業も多くあったので、もう少し母校には頑張って欲しいな...とも思う。 それぞれの授業の簡単な感想はこんな感じ。

16-720 Computer Vision (Fall 2020)

古典的なコンピュータビジョンのアルゴリズムから深層学習まで幅広いトピックについて扱ったコンピュータービジョンの応用クラス。控えめに言っても本当に最高の授業だった。 アルゴリズムの歴史的経緯や理論的背景だったりを授業では説明しつつ、課題ではそれぞれのアルゴリズムPythonで実装するということをやった。 コンピュータビジョンにおいて良く用いられる、DLTアルゴリズムを用いたホモグラフィ行列の推定、PnPアルゴリズムを用いた姿勢推定、ハフ変換、SIFTアルゴリズムだったりを自分で実装するというのは非常に楽しかった。 並行して行っていた研究でも非常に役に立ったので、授業を侮ってはいけないなという気持ちを強く感じた。同時に、こういった授業がCMUの高い研究力の源泉になっているんだろうなと思ったりもした。

16-811 A Math Fundamentals for Robotics (Fall 2020)

ロボティクスにおいて多用される線形代数微分幾何学の基礎を扱ったクラス。必修かつ多くの学生が最初のセメスターで受講すると聞いたので選択した。 線形代数微分幾何学については学部の時に学んだけれども色々忘れていたし、ロボティクスおいてどのように用いられているかについてもほとんど知らなかったのでためになる授業だった。 内容は少し基礎的だったけれども、英語の授業や課題に慣れるという意味では逆に良かったのかもしれない。

16-824 Visual Learning and Recognition (Spring 2021)

古典的な学習ベースの画像認識アルゴリズムについて扱ったクラス。 人間がどのように視覚情報を知覚するのかという哲学的な話から始まり、古典的なFew-shot, Zero-shot 物体検出アルゴリズム、最新の深層学習を用いた画像認識 (VGG16, ResNet, Transformerなど), 深層強化学習と目まぐるしくトピックが変化していきローラーコースターに乗っているような気持ちだった。 授業にあまり一貫性がなかったのと結構知っていることが多かったので、少し退屈だと感じる時もあったけど全体としてはいい授業だったと思う。

16-711 Kinematics, Dynamics and Control (Spring 2021)

剛体変換、スクリュー理論、順運動学、逆運動学, PID制御などを通したマニピュレータの操作方法を扱ったクラス。 最初の剛体変換までは簡単だなと思っていたけど、スクリュー理論の授業から突然授業の速度が上がり全くついていけなくなっていて焦った。その後、実は誰もついていけてないことを知り安心したのも束の間、授業はそのままのスピードで進んでいった... ただ、課題が非常によくできていたので、授業で理解ができなかった箇所も課題を通して理解を深められるようになっており、最終的には授業で扱った全てのトピックについて深い理解を得ることができたように感じた。 デバッグに苦しみながら最後の課題を終えた時にマニピュレータの軌道が授業名(KDC)になっていて、月並みだけどこういう遊び心があるのがいいなと思った。

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エンドエフェクタの軌跡をプロットするとKDCの文字が...!!

研究

研究ベースの修士プログラムなので、週一で指導教員とミーティングをしながらポスドクの学生と一緒に3次元物体検出に関する研究を行なった。 最初の方はミーティングが英語ということもあり緊張していたけど、3ヶ月くらいしたら慣れた気がする。 ミーティングは、基本的には研究の進捗報告を行った後に、研究における気付き、課題に関して議論を進めるという方針で行っていた。 毎回良質なフィードバックを得ることができたおかげで、この1年は授業と並行していたのにも関わらず良いペースで研究を進めることができた。 指導教員、ポスドクおよび研究室の学生が協力的かつモチベーションが高いということもあり、心理的な安全性が保たれた状態で適度な緊張感を持って研究に取り組めたことも良かった。 さらには、さまざまな分野のエキスパートが揃っていたことも、研究における試行錯誤の回数を増やすことに大きく貢献していたように感じる。この記事にもあるようにやはり成功回数は試行回数に大きく左右されるように思う。 その意味で、彼らの存在が僕の取り組んでいた研究を加速させてくれたというのは疑いようがない。 最終的に、この1年間の研究成果として主著がコンピュータビジョン系のトップ会議であるICCVに採択され、第二著者として、IROSとICCVにそれぞれ論文が1本ずつ採択されるという考え得る最高の結果を得ることができた。

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間違ってもアメリカでダブルサイズのアイスを頼んではいけない

まとめ

去年までは長期留学もしたことがなかったし、トップ会議などに論文もなく、受験の際もアメリカの博士課程に出願するも全滅していたので、CMU修士課程終了後にもトップ大学の博士課程に受からないんじゃないかという不安があった*2。 けれども、今年はなんとか全ての授業でAまたはA+を取ることができ、アカデミアにおける初めての成功体験も得ることができた。今年の受験ではどこかしらの博士課程に受かると良いなあ...理想をいえばこのままCMUの博士課程に進学したい*3。とはいえ、博士課程に合格することが目的のつもりはないので、さらにどんどん加速して成長して目標に近づいていきたい。 また時間がある時に、今住んでいるピッツバーグについてだったり、もう少しプライベートなことについても書こうと思います!

From Shun

*1:正直、競争というほどピリピリした感じはない

*2:トップ大学の博士課程に合格するためには、強いコネクションとトップ会議の論文がないと一般的に難しい

*3:授業をほとんど取らずに済むので、実質博士3年目としてスタートできる